大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和32年(ワ)38号 判決 1961年8月30日

原告 滝井光雄

被告 杉中昭二 外五名

主文

被告杉中、同西山、同橋本は、連帯して、原告に対し、金二六三万九七七〇円および昭和三二年三月一八日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。

原告の被告横手、同東条、同永峯に対する各請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告杉中、同西山、同橋本との間に生じた部分は同被告らの負担とし、その余の部分は原告の負担とする。

この判決は、原告において被告杉中、同西山、同橋本に対し金三〇万円ずつの担保を供するときは、第一項に限り仮に執行することがでする。

事実

(請求の趣旨)

被告らは、連帯して原告に対し金二六三万九七七〇円およびこれに対する昭和三二年三月一八日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

(一)  原告は、靴下製造販売業を営む商人であるところ、訴外三陽繊維商事株式会社に対し、昭和三一年一〇月一一日から同年一二月二三日までの間四回に亘り各種靴下を代金合計二八八万二八五〇円で売り渡し、内金二二万五〇〇〇円の支払を受け、金一万八〇八〇円を値引きしたので、現在金二六三万九七七〇円の残代金債権を有するものである。

(二)  訴外会社は、昭和三一年六月九日繊維製品卸売業を営むことを目的として設立され、その設立当初より現在まで被告杉中が代表取締役、被告西山が専務取締役、被告橋本、同横手が取締役、被告東条が監査役に各在任している。

(三)  右訴外会社の昭和三一年一二月三〇日現在における所有資産は次のとおりである。

(1)  在庫商品  金七二一万六〇二九円

(2)  売掛金債権 金二一五万一四一二円

(3)  受取手形  金一三一万五八〇〇円

(4)  車輛    金一九万六五〇〇円

(5)  備品    金二万五二九〇円

(6)  現金    金八万四〇四九円

(四)  右在庫商品の価額の算出方法は次のとおりである。すなわち、訴外会社は設立当初から右基準日までに総額一五五七万五四三四円の仕入をなし、右期間内に総額一〇四四万九二五七円を売り上げた。しかし、売上価格は仕入価格に二割の利潤を加えているから、右売上総額を仕入品の価格に直してみると金八三五万九四〇五円となる。そして前記仕入総額から右金額を控除すると在庫品の価額たる金七二一万六〇二九円が算出されるわけである。

(五)  しかるところ、被告らは、訴外会社の財産を共謀して横領しようと企て、被告西山、同橋本が被告永峯とともにその実行にあたり、昭和三一年一二月三〇日夜から翌三一日にかけて在庫商品、車輛、備品を全部搬出して売却処分し、受取手形は換金し、売掛金は集金し、手持現金とともに着服領得したので会社は全く無資力となつた。

(六)  訴外会社が当時負担せる債務は金九〇〇万円程度であつたから、直に営業を停止しても優に弁済が可能であつたし、又会社をそのまま運営していつても支払不能となる恐はなかつたのであるが、被告らの前記不当なる会社財産処分行為により、原告はその有する前記債権を訴外会社から回収することができなくなり、右債権と同額の損害を蒙るにいたつた。

(七)  右損害は、被告永峯を除くその余の被告らが訴外会社の取締役又は監査役としてその職務を行うにつき悪意又は重大なる過失があつたことにより原告に加えた損害であるから、右被告らは商法第二六六条の三、第二八〇条、第二七八条により原告に対し連帯してこれを賠償する義務がある。

仮に、被告杉中、同横手、同東条が被告西山、同橋本らの前記横領行為に共謀していなかつたとしても、被告杉中は代表取締役として会社の業務執行を統轄し他の取締役の業務執行については監督を怠らず、職務に違背する不当な業務執行については未然にこれを防止する義務があり、被告横手、同東条も取締役又は監査役として他の取締役の業務執行に注意し職務違背の行為を未然に防止すべき義務があるにかかわらず右義務を怠つたため原告に対し前記損害を生ぜしめたものであるから重大な過失があるというべく、いずれにしても損害賠償の責を免れない。

(八)  又、被告永峯は、なるほど訴外会社に対し金五八万六二八〇円の売掛代金債権を有してはいたが、右昭和三一年一二月三〇日当時においてはいまだその弁済期が到来していなかつたところ、前記のように訴外会社の役員たる他の被告らと共謀して右債権取立に名をかりて会社財産全部を横領し会社運営を不可能ならしめ、もつて会社債権者たる原告に対し債権額に相当する損害を加えたものであり、右は故意に基くものにあらずとするも少くとも過失の責は免れえないから他の被告らと連帯して原告の損害を賠償する義務がある。

(九)  よつて、原告は、被告らに対し連帯して右損害金二六三万九七七〇円およびこれに対する訴状送達の後である昭和三二年三月一八日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。

(被告らの答弁および主張)

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。

(二)  請求原因(一)は訴外会社と原告との間に取引ありたることは認めるが、その余の事実は知らない。(二)は全部認める。(三)のうち訴外会社が原告主張のような車輛を所有していたことは認めるが、その余はすべて否認する。(四)ないし(九)はすべて否認する。

(三)  被告杉中は名義上のみの代表取締役であつて訴外会社の業務に全く関係していないから本件につき何らの責任がない。

(四)  訴外会社は、被告西山、同橋本、同横手、同東条らが、自己の取り扱つている商品を売り捌く便宜上共同して設立した会社で、右被告らはいずれもその所有にかかる商品を訴外会社に売り渡し代金債権を有していたものである。そして、仮に被告らにおいて訴外会社の財産により支払を受けた事実ありとするも、右は被告らの有する右債権の弁済として受領したものであるから正当な行為であり、原告から損害賠償を請求されるいわれはない。

(被告の主張に対する原告の反駁)

被告永峯を除くその余の被告らは昭和三一年一二月三〇日現在訴外会社に対し何ら債権を有していた事実はない。従つて被告らの(四)の主張は理由がない。

(証拠)

(一) 原告は、甲第一、二号証の各一、二を提出し、証人松本キヨ子、国枝勝、石垣松彦の各証言および原告本人尋問の結果を援用した。

(二) 被告らは、被告橋本秀男本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

(一)  訴外三陽繊維商事株式会社が、昭和三一年六月九日繊維製品卸売業を営むことを目的として設立され、その設立当初より現在まで被告杉中が代表取締役、被告西山が専務取締役、被告橋本、同横手が取締役、被告東条が監査役に在任していることは当事者間に争がない。

(二)  又、原告が靴下製造販売業を営む商人であるところ、右訴外会社に対し、昭和三一年一〇月一一日から同年一二月二三日までの間四回にわたり各種靴下を代金合計二八八万二八五〇円で売り渡し、内金二二万五〇〇〇円の支払を受け、金一万八〇八〇円を値引きしたので、現在なお金二六三万九七七〇円の残代金債権を有していることは成立に争ない甲第二号証の一、二および原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

(三)  次に、昭和三一年一二月三〇日現在における右訴外会社の資産状況について考えてみる。まず、積極資産として、金一九万六五〇〇円に相当する車輛があつたことは当事者間に争がなく、成立に争ない甲第一号証の一、二(訴外会社の総勘定元帳)によれば、売掛代金債権二一五万一四一二円、受取手形一三一万五八〇〇円、備品二万五八九〇円、現金四九一一円を保有していたことが認められる。又、右甲第一号証の一、二によれば訴外会社が設立以来右基準日までに金一五五七万五四三四円に相当する商品の仕入れをなし、同期間内において金一〇四四万九二五七円に相当する商品を販売したことが認められ、かつ、訴外会社と同種の営業において卸売に二割程度の利潤をみることは普通であるからこれを考慮して右売上総額を仕入価格になおしてみると金八三五万九四〇五円となる。しからば前記仕入総額から右金額を控除した金七二一万六〇二九円に相当する商品の在庫があつたものと推定するのが相当である。右認定に反する証人松本キヨ子の証言(一部)は採用することができない。(以上積極資産合計金一〇九一万五四二円)他方、消極資産としては、前記甲第一号証の一、二により借入金債務二九万円、預り金債務三八〇〇円、支払手形債務金九〇四万九八二五円を負担していることが認められる(以上消極資産合計九三四万三六二五円)にすぎないので、訴外会社は前記基準日において優に原告の債権全額を支払う資力を有していたものということができる。

(四)  証人松本キヨ子、同国枝勝、同石垣松彦の各証言、原告本人(一部)および被告橋本秀男本人(一部)尋問の各結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、右訴外会社は昭和三一年一二月三〇日までは平常のとおり営業していたが、同日夕刻から翌三一日夜明けまでの間に被告西山、同橋本が訴外会社の債権者である被告永峯と共同して前記訴外会社の所有資産のほとんど全部をいずれへか搬出・処分し、売掛金はこれを取り立て、一部債権者に僅少の金額を支払つただけで残余を着服したこと、そのため訴外会社は全く無資力となり事実上解散の現況にあること等の事実を認めることができる。原告は、右会社財産の分散については被告杉中、同横手、同東条も共謀していたと主張するが、右主張に符合する原告本人尋問の結果は信用しがたく他にこれを認めるに足る証拠はない。

(五)  しかして、右訴外会社の潰滅により原告がその有する売掛金債権を回収することができなくなつたことは言をまたないから、これによつて原告は右債権額に相当する損害を蒙つたものであり、しかも右損害は被告西山、同橋本の不法な会社財産処分に基因し、かつ、同被告らに悪意あることは明白である。(なお、代表取締役でない取締役の権限は、後記のように取締役会の意思決定に参加するにあり、会社の業務を直接に執行するにあるのではないが、会社と委任関係に立ち忠実義務を負う者として会社資産を不法に領得するごときは職務上の義務違反であるから右被告らの行為はなお商法第二六六条の三にいう「職務ヲ行フニ付」なされたというを妨ないと考える。)しからば、右被告両名は商法第二六六条の三により連帯して原告に対し右損害を賠償する義務がある。

これに対し、被告西山、同橋本は、同被告らにおいて訴外会社に対し売掛金債権を有し、右債権の弁済に充てるため訴外会社の財産を処分したもので正当行為であると主張し、前記甲第一、二号証の各一、二によれば、被告西山において訴外会社に対し約束手形金債権一二万四九五〇円を、又被告橋本において同様約束手形金債権四六万五五〇〇円を有していることが認められるけれども、前に認定したところから明かなように被告らが訴外会社の財産処分により金員を取得した行為は、訴外会社から適法に弁済を受けたものとはいいがたいからこれをもつて正当な行為とはなし得ない。右被告らの主張は採用できない。

(六)  そこで、被告杉中の責任について考えてみるのに、被告杉中は訴外会社の代表取締役として会社を代表しその業務全般を統轄執行する権限を有するものであり、もとより会社財産についても善良なる管理者の注意をもつてこれを保管・維持する義務を負うべきところ、証人松本キヨ子の証言によつて認められるように同被告は会社の業務の執行をほとんど被告西山にまかせきりとし自ら職務を遂行することを怠り、遂にその保管の責ある会社資産の一切を被告西山らによつて搬出横領せらるるにいたつたものである。しからば、被告杉中は右横領行為に共謀しなかつたとしても、代表取締役として職務を行うにつき重大なる過失ありたるものというべきであるから商法第二六六条の三により被告西山、同橋本と連帯して前記原告の損害を賠償する義務がある。被告杉中は、これに対し、同被告はたんに名義上の取締役にすぎなかつたから何らの責任を負わないと主張するが、右は法律上その責任を免れる理由となし得ないこというまでもない。

(七)  次に、被告横手、同東条の責任について判断する。原告は被告横手は訴外会社の取締役、同東条は監査役であるから他の取締役の職務執行を監督し不当な行為の行われることを未然に防止する義務があるにかかわらず、本件において右義務を怠つたのは重大な過失であると主張する。しかしながら、現行商法上代表取締役でない取締役は取締役会の決議を通じてのみ会社の業務執行に関与し、他の取締役又は会社使用人を監督し得るにすぎないのであるから取締役会に提出されない案件についてはその権限を及ぼすことが不可能であり、従つて又かかる事項につき取締役の責任を問い得ないものと解すべきである。しかるところ、本件において被告西山、同橋本らの会社財産処分が取締役会の議を経たとする何らの証拠もないのであり、かえつて事の性質上隠秘のうちに遂行されたものと推認すべきであるから、上述の理由により原告は被告横手に対してはその責任を追及し得ないものというべきである。

又、監査役は、現行商法上取締役の業務執行に対する監督の権限を有せず、会計監査の権限を有するにすぎないのであるから、監査役が取締役の業務を監督する権限を有することを前提とする原告の被告東条に対する請求は理由がないこと明らかである。

(八)  最後に被告永峯の責任について考える。同被告のなした訴外会社の財産の搬出処分が訴外会社に対する関係で被告西山、同橋本らとの共同不法行為となることはいうまでもない。原告は進んで被告永峯には訴外会社を無資力ならしめることにより原告のこれに対する債権取立を不能ならしめ原告に損害を加える故意又は過失があつたと主張するのであるが、元来被告永峯らの不法行為の直接の被害者は訴外会社のみであつて、訴外会社の財産の減少により会社債権者たる原告に損害を生ずることがあるとするも右は間接的・事実的効果たるに止り、法律に特別の規定なき限り、会社債権者たる原告が訴外会社に対する不法行為者たる被告永峯に対し直接損害賠償請求権を取得し得べき理由がない。被告永峯が会社取締役たる被告西山らと右不法行為を共同にしたことによつても右結論に何ら加えるところはない。被告永峯に対する請求も理由がない。

(九)  以上説示のとおりであるから、本訴のうち被告杉中、同西山、同橋本に対し連帯して金二六三万九七七〇円およびこれに対する訴状送達の日の後であること記録上明白な昭和三二年三月一八日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める各請求は正当として認容すべきであるが、その余の被告らに対する各請求は失当として棄却を免れないものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本聖司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例